以下にて、本邦における租税法律主義を確認した最高裁判決を紹介する。本件武富士事件では、最終的に納税者の勝訴となった中、最高裁裁判長が補足意見として述べたものである。

 「本件贈与の実質は,日本国籍かつ国内住所を有するAらが,内国法人たる本件会社の株式の支配を,日本国籍を有し,かつ国内に住所を有していたが暫定的に国外に滞在した上告人に,無償で移転したという図式のものである。一般的な法形式で直截に本件会社株式を贈与すれば課税されるのに,本件贈与税回避スキームを用い,オランダ法人を器とし,同スキームが成るまでに暫定的に住所を香港に移しておくという人為的な組合せを実施すれば課税されないというのは,親子間での財産支配の無償の移転という意味において両者で経済的実質に有意な差異がないと思われることに照らすと,著しい不公平感を免れない。

 国外に暫定的に滞在しただけといってよい日本国籍の上告人は,無償で1653億円もの莫大な経済的価値を親から承継し,しかもその経済的価値は実質的に本件会社の国内での無数の消費者を相手方とする金銭消費貸借契約上の利息収入によって稼得した巨額な富の化体したものともいえるから,最適な担税力が備わっているということもでき,我が国における富の再分配などの要請の観点からしても,なおさらその感を深くする。一般的な法感情の観点から結論だけをみる限りでは,違和感も生じないではない。

 しかし,そうであるからといって,個別否認規定がないにもかかわらず,この租税回避スキームを否認することには,やはり大きな困難を覚えざるを得ない。けだし,憲法30条は,国民は法律の定めるところによってのみ納税の義務を負うと規定し,同法84条は,課税の要件は法律に定められなければならないことを規定する。納税は国民に義務を課するものであるところからして,この租税法律主義の下で課税要件は明確なものでなければならず,これを規定する条文は厳格な解釈が要求されるのである。明確な根拠が認められないのに,安易に拡張解釈,類推解釈,権利濫用法理の適用などの特別の法解釈や特別の事実認定を行って,租税回避の否認をして課税することは許されないというべきである。

 そして,厳格な法条の解釈が求められる以上,解釈論にはおのずから限界があり,法解釈によっては不当な結論が不可避であるならば,立法によって解決を図るのが筋であって(現に,その後,平成12年の租税特別措置法の改正によって立法で決着が付けられた。),裁判所としては,立法の領域にまで踏み込むことはできない。後年の新たな立法を遡及して適用して不利な義務を課すことも許されない。結局,租税法律主義という憲法上の要請の下,法廷意見の結論は,一般的な法感情の観点からは少なからざる違和感も生じないではないけれども,やむを得ないところである。」